美唄 




  盤の沢 三井美唄第2抗選炭機

  ジョウゴ型の原炭ポケット。
  美唄に来て炭坑関連の施設として
  初めて目にした建物だ。

  135号線を炭坑メモリアル公園を
  目指して車を走らせる。
         





 落合の入り口。

 映画館と思われる建物があった。
 デザインが少々無気味・・。
 違う用途でまだ使われているようだ。
 
    
         
 







  東美唄へ。
  小道へ車をおっかなびっくり進ませ、途中お目当ての学校が見えたが行き止まりまでまず行ってしまう。
  そこへあらわれた、おそらく発電所と思われる建物。
  中に踏み込んでみるとそのまま残されたタンクや機械類が並ぶ。その他なんと台所もあった。
  ガラスの破片が散らばる階段をゆっくり登ると窓から暖かい陽射しが差し込んでいた。
  そこから道の行き止まりとなった小滝の流れが眺められた。


            





  今年一番きれいだな、と思った紅葉。これがどこまでも続いている。
  いつも訪れて不思議に思うのは学校があったところ(炭坑の町)にはすぐそばに川があること。

  川をみながらもときた道をテクテク歩いていく。

           




  沼東小学校


  木が猛烈においしげっている。
  ここへ来るには車では進めない道を
  いくしかない。
  ひどい道で一苦労だった。
     
  この円形校舎を見ていると、今は
  こんな様相になっているものの、
  新しかったころはとても斬新で
  オシャレな学校だったのだろう。
 
               

   



  前回の台風か大雨で更に校舎の中はめちゃくちゃ。

  この校舎の近くで台風で倒れた木の中をくぐったり飛び越えたりしているうちにひざに怪我を
  してしまった。ひざから血はにじんでくるしでちょっと心細くなる。



         



  体育館の鉄骨が残っている。車道から見えていたが、こうして歩いて真下に来てみるとかなり壮大
  である。沼東小学校は1974年に閉校された。ピーク時には29学級もあったそうだ。

  この荒れ果てた、もうただの自然にかえってしまいそうな場所を見ると年月というものの恐ろしさを
  感じるが、この圧倒的な自然の力強さを前に感動すら覚える。


           

   

  美唄湖

  カモが泳いでいた。
  山腹には一文字づつ美 唄 湖、と
  書かれたレジャー施設のような白い看板。
  せっかく美しい湖なのに雰囲気壊してるなぁ。


  次は炭坑メモリアル公園へ。





  三菱美唄炭坑開閉所と三菱美唄炭坑現炭ポケット

  開閉所(右)はこの地区内の炭坑施設や設備機械の主要電源を総合的に管理するところである。
  ポケットは採炭された石炭を格納する場所だ。
  ポケットは1925年建築。御覧の通りとてもモダンな感じがする建物だ。
           

   




  堅抗巻き上げ機


  櫓の高さは約20メートル、深さは約170メートル、
  やぐら部分は約6メートル。
  とても目につく赤い色で、ちょっと「きれいだな」と
  思ったらあとで塗り替えられたもの。
  白い車輪のようなものを見上げていると遊園地のアトラク
  ションの様にも見えてくる。
  しかしここで5100万トンもの石炭を出炭したのだ。




         

         
南美唄町へ



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